Today's Notables 2013年09月
ヨーロッパ訪問記 その2
代表取締役社長 古市 尚
游佐さんに浜島さんをご紹介いただいたのは、まだ上海F-1 グランプリが10月に開催されていた頃で、游佐さんと一緒にF-1観戦に行った際に浜島さんに連絡を取り、F-1のピットまで入れていただくなど、大変お世話になった方です。以前、地上波の民放でF-1が放映されていた頃には、ほぼ毎回番組に登場され、路面やタイヤの状況について解説されていたブリヂストンの浜島さんがその方です。浜島さんはブリヂストンがF-1から撤退したこともあり、昨年の1月になんとフェラーリに転職されていたのでした。イタリアに引っ越される時にはご丁寧にメールもいただいておりました。
話は少し変わりますが、子供の頃に父親が出張の度に買ってくれた多くのミニュチュアカーからクルマ好きになり、小学生の2、3年生の頃に観た「グランプリ」という映画には映画館で鑑賞中に我を忘れて歓声をあげてしまい、母親に叱られた思い出があります。完全に映画の中に入ってしまっていたのでしょう。映画ではイヴ・モンタンがドライブするフォーミュラーカーが、私が一番大事にしていたミニチュアカーと同じフェラーリでした。そのフェラーリが、三船敏郎が社長を務める、日の丸を背負った「ムラタ」(ホンダを指していたことは明確)に負けそうになったので、「ガンバレ、フェラーリ!」と思わず上映中に叫んでしまったのである。最近、代官山に出来たTSUTAYAの旗艦店、蔦屋書店で「ない映画はない」ということを知り、「グランプリ」を探して借り、45年以上前の映像が記憶と寸分も違わず、自分でもびっくりしたほどです。その頃からムラタをやっつけたフェラーリは心の中で特別な存在となりました。そのフェラーリの本社に存じ上げている浜島さんがおられるわけで、フェラーリに転職されたその時から、何とか浜島さんがおられる間にフェラーリを訪問したいと願っていましたが、今回そのチャンスが到来したわけです。
フェラーリのファクトリーツアーには事前にエントリーしていたので、フェラーリの本社入り口脇にあるレセプションで名前を告げれば、ツアー担当の女性がお待ちしておりましたとばかりに、満面の笑顔で応対してくれました。5分前集合です。説明は工場全体のレイアウト説明から始まり、約2時間40分におよぶ懇切丁寧なファクトリーツアーを受けることができました。感心することばかりで何を書けばいいのか悩んでしまいますが、すべてがトレビアン(素晴らしい)の一言である。最も印象に残ったことは、フェラーリ本社の周辺はフェラーリだらけだったことです。あ、こっちからフェラーリ、あ、あっちにもフェラーリ、そっちからもフェラーリという感じで、とにかくフェラーリがそこいら中を走り回っています。それもそのはず、フェラーリでは出荷される生産車の全てが50kmの公道や工場内の道路でテストドライブが行われ、完璧な状態を確認して出荷するとのことでした。それに加え、本社周辺ではヨーロッパ各国からフェラーリのオーナーが本社を見に来たり、私のようなミーハーな観光客目当てに周辺の民間業者がフェラーリの試乗を有料でやっていたりで、周辺はフェラーリだらけというわけでした。
フェラーリの社員は3,000人で年間6,000台のフェラーリが作られているということで、年間1人当たり2台のクルマしか作らないカーメーカーです。つい最近フェラーリで世界的に話題になったことは、生産台数を減らすというニュースでした。注文に応じて生産できる能力を高めると、希少価値が減少しフェラーリの価値が下がるという社長のコメントがニュースになっていました。これぞイタリアのアルチザン(職人気質)が作り上げる芸術品なのでしょう。アッセンブリーの工程をすべて見せてもらいましたが、その完璧を追求する工程や設備には感動することばかりでした。
当社が追求するブランド戦略も極めるとフェラーリのようになり得るのだろうと夢がまた膨らみ、ワクワクドキドキしながらマラネッロを後にしました。
写真1:浜島氏とフェラーリが所有する本社目の前にあるリストランテガバレロにて
写真2:フェラーリ博物館の入り口
写真3:ハイブリッドのラ・フェラーリ
当社が追求するブランド戦略も極めるとフェラーリのようになり得るのだろうと夢がまた膨らみ、ワクワクドキドキしながらマラネッロを後にしました。
写真1:浜島氏とフェラーリが所有する本社目の前にあるリストランテガバレロにて
写真2:フェラーリ博物館の入り口
写真3:ハイブリッドのラ・フェラーリ
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