Today's Notables 2016年06月

ベトナム・カンボジア視察記 その2

代表取締役社長 古市 尚


クチトンネル ベトナムではその後「クチトンネル」(別名クチの地下道)を視察し、陸路カンボジアへと向かいました。クチトンネルはベトナム戦争中に、南ベトナム解放民族戦線(いわゆるべトコン) によってゲリラ戦の本拠地として作られました。全長は250km以上におよび、ホーチミン市から北西に70キロ離れたクチ県から16の村を結び、カンボジアとの国境付近まで広がる巨大な地下壕です。この地下基地には会議場、宿泊施設、食堂、作戦本部などの施設があり、地上にはあらゆる罠が仕掛けられ、中で暮らす1万人以上のベトナム人がアメリカ軍の攻撃から身を守りながら対戦していたそうです。この地下基地を作ったベトナム人の知恵と執念がアメリカの撤退を余儀なくさせたともいわれています。実際に私も地下基地に入りましたが、通路の高さは1mもなく幅も両肩が壁に当たるぐらいで、中腰で真っ暗な中を進まないといけません。いくらベトナム人が小柄だとはいえ、この中での生活は戦時下の究極の選択だったことを伺わせます。

つばさ橋 クチトンネルから陸路でカンボジアに向かった理由は、日本のODAで建設された「つばさ橋」を視察するためです。ベトナムとカンボジアの出入国手続きに時間はかかりましたが、つばさ橋をこの目で見ることができ、陸路で行ったかいがありました。現地ではネアックルン橋と呼ばれており、カンボジア国道1号線のメコン川を渡るために作られました。同国道はアジアンハイウェイの一部としてホーチミン、プノンペン、バンコクを結ぶ国際幹線道路の指定を受けており、ASEAN諸国の物流の生命線である「南部経済回廊」の一部です。架橋前はフェリーで渡河するしかなく、長時間のフェリー待ちが生じるなど交通のボトルネックとなっていました。カンボジアの経済事情では大規模な道路整備が難しいため、日本に対して橋梁の建設が要請され、日本の無償資金協力によって建設されたものです。この橋の開通によって、アジアンハイウェイの物流量が格段に増え、カンボジアの経済に大きな貢献をしています。とはいえ、つばさ橋を越えてからプノンペンへの道路はまだ舗装されていないところも多く、通常我々が想像するハイウェイとはほど遠いものです。
プノンペン王宮 ホーチミンではバイクだらけの風景でしたが、なんとプノンペンは個人所有のベンツやレンジローバー、レクサスなどの高級車も多く走っていました。中でも目立ったのがハイブリッド車の多さです。割合からいえばソウルやバンコクよりもハイブリッド車が多く感じられました。というのもガソリンの価格がすごく高いらしく、お金持ちの人々にはハイブリッド車に乗るのがステータスでもあるようです。宿泊したホテルはソフィテル・プノンペン・ポキットラーというホテルで非常に豪華な作りのいいホテルでした。すぐ隣にはイオンモールがあり、その先には「東横イン」とでかでかと日本とまったく同じ看板を掲げたホテルもありました。プノンペンでは急速な成長から土地の値段が400倍にまで跳ね上がったところも少なくなく、その土地の地権者たちが土地長者となり、高級車を乗り回し、イオンモールなどで買い物をするそうです。最近でも特に外国人駐在員が多く住むボンケンコンエリアでは2011年に1,500〜1,800USD/屬ら2013年には2,000〜2,500USD/屬砲泙脳緇困靴燭修Δ任后イオンモールの駐車場比較では、プノンペン店はホーチミン店の5倍の乗用車が利用するそうで、この数字からもホーチミンのクルマ事情がわかります。
近年の経済成長は著しいのですが、何といってもカンボジアにとっての負の遺産はポル・ポト政権です。ポル・ポトが主導するクメール・ルージュが勢力を拡大したのはベトナム戦争と深く関わっており、1973年にアメリカがベトナムから撤退した後に急速にその勢力を拡大しました。ポル・ポトが目指したのは中華人民共和国の毛沢東主義を基盤にした「原始共産主義社会」であり、資本主義の要素をすべて否定することでした。ポル・ポトは医師や教師、技術者などのインテリ層を極度に恐れ、繰り返し弾圧を行いました。ポル・ポトが虐殺した数は100万人以上といわれ、その狂気ぶりは恐ろしいものです。今回、国立トゥール・スレン虐殺犯罪博物館を訪問しましたが、その当時の施設や資料は目をそらしたくなるものばかりでした。
カンボジア開発評議会(前列右から3番目がソク・チェンダ・ソピア大臣) 最終日の前日には政府機関であるカンボジア開発評議会を訪れ、開発担当大臣の歓待を受けました。大臣からはカンボジアの経済状況や日本企業の進出状況などを聞かせていただき、日本政府や日本企業に対する期待の大きさを感じました。また、その夜はJICAが主導するカンボジアの若手起業家育成機関CJCC(ベトナムはVJCC)を訪問し、その機関を卒業した起業家、実業家との交流を行いました。最終日には多くの日本企業が進出する工業団地を訪れ、住友電線さんの工場見学までさせていただきました。住友電線さんでは2千人の従業員を抱え、レクサスなどトヨタ車のハーネスと呼ばれる車内の配線製造をされていました。工場で働く人は20代前半の女性が大半で、募集すると多くの応募者が集まりますが学歴詐称や年齢詐称も多く、先に述べたポル・ポト政権の影響で教育を受けた人は少なく、小学校も卒業していない人も多いそうです。その様な人たちを集め、算数、言語研修(外国語ではなく工場内で使う用語や色の種類)など徹底した教育を行っていました。その過酷な状況下でもクレーム率ゼロという住友電線さんのマネジメント力には感服しました。

今回のベトナム、カンボジア訪問では関西経済同友会のおかげで普段は訪問できない団体や施設を訪れることができ、多くのことを学ばせていただきました。今後、当社がASEAN諸国に対してどの様な戦略を立てるか、今回の経験を大いに活かしたいと思っております。


写真1:クチトンネル
写真2:つばさ橋
写真3:プノンペン王宮
写真4:カンボジア開発評議会(前列右から3番目がソク・チェンダ・ソピア大臣)
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