Today's Notables 2004年05月

キャビア物語 〜株式会社マツイ 代表取締役社長 松井 正昭様インタビュー〜

代表取締役社長 古市 尚


このニュースレター「親交」もカラーになったのを期に、巻頭ページはお客様訪問記などのインタビュー形式を企画していた。しかし、当社の機器が製造に深く関与していることから、様々な障壁があり、なかなか思うようにインタビュー先が決まらない。そんな時に、協力企業の1社である株式会社マツイの松井正昭社長が、年始のご挨拶に来られ、その際に国産のキャビアを持ってこられた。美味しい物には目がない方なので、「キャビア!」それも「国産!」となると興味深々となり、詳しい話を聞きたくなった。仕事とは関係ないが、たまには息抜きに異業種の話もいいかと、編集メンバーにかけあいToday's Notables Specialとなったわけである。そんなわけで、今回は趣向を変えて、株式会社マツイの松井社長を訪問し、国産キャビアのお話を伺った。

古市: どのような経緯からキャビア・ビジネスに関わられることになったのでしょうか。
松井:  実は株式会社マツイの成り立ちは、日本人が蛋白資源を確保することに役立ちたいという発想から、漁業を効率よくするための漁労機械の開発や販売をしていたのです。しかし、それがあまりにも効率が良くなりすぎて(笑)魚を捕りすぎた懸念から、「捕る漁業の支援から、つくり育てる漁業の支援」にビジネスの方向を変えられないだろうかと思っていました。そんな時に、宮城県石巻市から銀鮭の養殖用に受精卵の輸入事業の話が来まして、主にアメリカから孵化寸前の受精卵を輸入しました。そうですね、1983年ぐらいの話でしょうか。その養殖事業はたいへん順調に行き、一時は当社の受精卵輸入量は大手水産会社を抜き、2,300万粒と日本一になったこともありました。そして、そのような実績から今度は岩手県釜石市からチョウザメの稚魚を輸入することができないかという話が1987年頃に持ち上がったのです。それがキャビア・ビジネスと関わることになったきっかけです。

古市: どうしてチョウザメだったのでしょうか。
松井:  皆さんもご存知のようにチョウザメからはキャビアという卵が採れます。キャビアは世界の三大珍味(※ キャビア、フォアグラ、トリュフ)と珍重され、海のダイアといわれるほど高い値段で取り引されています。手間隙をかけて養殖するわけですから、それがやなどのように単価の低いものではビジネスが成り立たないわけです。キャビアはその当時でも100g当たり30,000円もの末端価格で取り引されていましたから、投資に見合うリターンが目論めると踏んだわけです。
古市: 末端価格というとなんか覚せい剤のようですね。
松井:  覚せい剤ではありませんが、ロシアではキャビア・ビジネスをロシアマフィアが取り仕切っています。ソ連時代には政府が管理していたのですがロシアになってからは、目先のことしか考えないマフィアが乱獲をするので、キャビアはますます貴重な食材になってきています。

古市: ということはそんなに簡単にできないということですね。
松井: はい。 銀鮭の場合は養殖することによって4年で成魚になる期間を2年で成魚にすることができます。従って、量で稼ぐことができ、一時は日本でも銀鮭の養殖は非常に盛んでしたが、次第に人件費が負担となり、現在では銀鮭の養殖の多くは人件費の安いチリに行ってしまいました。一方、チョウザメは成魚になるまで稚魚から7〜8年かかります

古市: えー、8年もかかるんですか!
松井: そうです。チョウザメは寿命自体が100年といわれていますので、成魚になるにも年月がかかります。

古市: 100年も生きると相当大きくなるのでしょうか?
松井: チョウザメの種類にもよりますが、大きい物では体重1トンにもなるとも言われており、現在日本で養殖している物も成魚で100kgの体重になります。

古市: 種類というと、やはりサメっていうぐらいですから、人を食べちゃったりする種類もいるのですか?
松井: 人を食べる?(爆笑) チョウザメというのでサメの一種かと思っている方もいらっしゃるようなんですが、硬骨魚網、軟質下網のチョウザメ目として独立した魚で、軟骨魚である一般のサメとは全く種類の違う魚です。また、チョウザメはシーラカンスなどと同じ古代魚で2億5千万年前に出現したといわれており、尾の形や口の位置がサメに似ていることと、が蝶に似ていることからチョウザメと呼ばれるようになりました。 人間が地球上に出現したのが4百万年前頃といわれているので、2億5千万年前から生息するというのは驚異的ですよね。英名ではスタージョンと呼ばれるのですが、古くから宮廷や貴族の食卓を飾る魚といわれ、英国のエドワード鏡い魯蹈ぅ筌襯侫ッシュと名付け、卵ばかりでなく身の方も珍重されていたそうです。サメのような歯はないのでいくら大きいチョウザメでも人を食べることはありません。種類ですが、古市さんならベルーガとかオショトールという名前は聞かれたことがありますよね。

古市: ええ、レストラン業界では青缶とか黄缶とかとも呼びますが、キャビアの種類ですよね。ベルーガだと50gで3万円ぐらいするのは良く知っています。
松井:実はその名前がチョウザメの種類でもあるんです。詳しく言えば1目3科28種いるのですが、キャビアとして有名なものは先ほど言いましたベルーガ、オショトールの他にセブルーガというものがあります。当時、当社が輸入した稚魚は最高級のベルーガの原種であるホワイトスタージョン(白チョウザメ)です。チョウザメの種類にもよりますが、大きい物では体重1トンにもなるとも言われており、現在日本で養殖している物も成魚で100kgの体重になります。
古市: 今までのお話しから察すると、先日頂いたキャビアは17年前に稚魚だったものの卵なんですか?
松井:  実際には1987年にロシアに視察に出かけたり、品種や輸入形態などの調査に時間がかかりましたから、先日お贈りしたキャビアは、その数年後の今から12年ぐらい前に輸入したものです。最初はやはり失敗もしました。左の写真にあるのは稚魚ですが、最初に輸入したものはほぼ全滅で生きた稚魚を輸入するのも大変な苦労でした。その後、当社はカナダから1,500匹輸入したのですが、そのうち110匹は今でも生きています。それにしても10年以上餌をやりつづけて、やっとキャビアが採れるのですから、第三セクターのような余裕のある企業でないとできませんね。
古市: 松井さんも養殖してらっしゃるんですよね。
松井:  いやー、とんでもない。うちはそんな悠長なことしていられませんよ。実験的には2匹を2年間飼いました。1年半水槽で飼ったところで、もう少し大きくしようと屋上にプールを作って飼っていたのですが、ある日ペットであるうちの猫の餌食になってしまいました。(笑)当社が輸入した稚魚は釜石市、大船渡市などの市町村、新日鉄、日産建設などの民間企業、釜石漁協、大槌町漁協などの漁業組合からなる第三セクターで運営している株式会社サンロックという会社が養殖しています。溶鉱炉の跡地などは水の施設が充実していて、養殖業などに適しているようです。当社としてのビジネスは稚魚を輸入したところまでですが、私自身が古代魚の神秘にも興味が湧き、当初入会したチョウザメ研究会に今でも入っているんです。最近では成魚も増えましたので、キャビアの味見や身のほうのメニュー研究とかの機会も増え、楽しいですよ。ですから、現在は全くの趣味の域に入っています。
古市: 楽しそうですね。キャビアのし・しょ・くとかですか。(ヨダレ)
松井: あっ、今日はご試食いただこうとキャビアと身のほうをご用意しているんです。こんなものは、ああだこうだ言ってないで食べてもらわないとわかりませんからね。

古市: いただきまーす。うゎー!さすが世界の三大珍味ですね。このキラキラ輝く黒い粒。口の中でプチッと弾け、濃縮された旨みがとろーっと口いっぱいに広がりますね。絶品、絶品。こんな美味しさを親交の読者の方に味わっていただけないなんて残念だな。この身のほうも美味しいですね。上手にスモークされていてサーモンなんかより蛋白で、あー、美味しい。た・た・田崎さん、そんなに大きい口あけてバクバクキャビア食べて・・・・・・。
松井社長様ご馳走さまでした。

【インタビュー後記】
1980年代後半〜1990年代初頭にかけて日本経済でみられた好景気をバブル景気と呼ぶが、その当時は殆どの企業に新規事業開発部なるものが設立され、新規ビジネスのシーズを掘り起こすことにやっきになっていた。そもそも、バブル景気の引き金になったのは1985年のプラザ合意とされている。当時、ドル高による貿易赤字に悩む米国はG5諸国と協調介入する旨の共同声明を発表したことにより急激な円高が進行。1ドル240円前後だった為替相場が数年で1ドル120円台まで急伸した。結果、米国債などのドル建て資産に含み損が発生し、資金が為替リスクのない国内へ向かった。
円高による打撃を受けた輸出業界を救済するため金融緩和が実施され、日本国内では投機熱が加熱、特に株と土地への投資が盛んになった。なかでも、土地は必ず値上がりするという土地神話に支えられて地価は高騰し、東京23区の地価で米国全土が購入できるほどとなり、銀行はその土地を担保にして貸し付けを拡大した。また、地価高騰は地権者に含み益をもたらし、心理的に財布のヒモをゆるめる資産効果によってさらに投機をあおる効果もあった。そんな中、含み益が膨らんだ企業は、何かに投資してさらに事業を伸ばそうと新規事業開発部でネタを探すのだが、地に足の着いていない事業計画や事業主体が危機感のない第三セクターなどが主体となる事業はことごとく失敗することになる。また、日本経済自体も実体経済の成長を伴わない、いわゆるバブル経済であったため、やがて縮小することになり、投機意欲が保たれなくなると株や土地などの資産は急落し、一転して大きな含み損をもたらすこととなった。日経平均株価は1989年の年末に最高値38,915円を付けたのを最後に下落に転じ、地価も1991年頃から下落に転じた。いわゆるバブルの崩壊である。
しかし、当然ながらその当時の新規事業でも順調に事業化されているものもある。今回取材をさせていただいた、株式会社マツイは第三セクターである株式会社サンロックが養殖事業に参入された際に、その事業の根幹となる稚魚を輸入されたわけだが、事業そのものがロングタームの計画だったことが景気に左右されず順調に進んでいる要因ではないかと思った。コンピューターの発達でドッグイヤーといわれせわしない世の中だが、今回の話のように2億5千万年前から生息する魚を相手に、輸入に頼る日本の食糧事情に貢献する事業もたいへん意義のある事業だと痛感した。現在、株式会社サンロックでは3,000匹のチョウザメの成魚が元気に育っているらしい、市場に国産キャビアやチョウザメ肉が出回るのも時間の問題だろう。今後その恩恵にあずかれると思うと嬉しくなってきた。

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